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自分を知る方法は、ひとつじゃない――日常から始まる自己理解
「自己理解」という言葉を聞くと、どんなことを思い浮かべるでしょうか。
自分の性格を分析すること。
心理テストを受けること。
過去の経験を振り返ること。
もちろん、そうした方法から自分について考えることもできます。
けれど私は、自己理解はもう少し日常の中にあるものだと思っています。
たとえば、好きな音楽を聴いたとき。
本を読んでいて、ある一文だけが妙に心に残ったとき。
食事や飲み物を口にして、「これ、好きだな」と感じたとき。
誰かと話していて、心地よいと感じたり、反対に少し疲れたりしたとき。
そんな何気ない瞬間にも、その人らしさは現れています。
「なぜか気になる」の中に、自分がいる
同じ本を読んでも、心に残るところは人によって違います。
同じ音楽を聴いても、「落ち着く」と感じる人もいれば、「少し寂しい」と感じる人もいる。
同じ飲み物を味わっても、香りが好きな人もいれば、甘さや苦みが印象に残る人もいます。
そこに、正解があるわけではありません。
大切なのは、
「私は、どう感じたんだろう」
と、自分の感覚に少し目を向けてみることです。
そして、もう一歩だけ進んで、
「どうして私は、ここが気になったんだろう」
と考えてみる。
そこから、自分が大切にしていることや、心地よいと感じるもの、苦手なこと、これまでの経験などが、少しずつ見えてくることがあります。
自己理解は、「自分を分析すること」だけではない
もちろん、自分自身についてじっくり考える時間も大切です。
けれど、いつも自分の内側を深く掘り下げなければ、自己理解ができないわけではありません。
むしろ、日常生活の中で何かを見たり、聞いたり、味わったり、人と話したりする中で、
「私はこれが好きなんだな」
「こういう場所では安心するんだな」
「こういう考え方には少し違和感があるな」
と気づいていく。
そんな小さな発見の積み重ねも、立派な自己理解だと思います。
自己理解は、何か特別な場所でだけ行うものではありません。
私たちが生きている日常そのものが、自分を知るための材料にあふれています。
他の人の感じ方を知ると、自分も見えてくる
そして、自己理解にはもう一つ面白いところがあります。
それは、自分とは違う感じ方に出会うことで、かえって自分の輪郭が見えてくることです。
人はどうしても、自分が見ている世界を「普通」だと思いやすいものです。
けれど、
「私はこう感じたけれど、この人は違うんだ」
と知ると、それまで当たり前すぎて気づかなかった自分の感じ方が見えてきます。
違いは、必ずしも埋めなくていい。
「そんな見方もあるんだな」と知るだけでも、自分が見ている世界が少し広がることがあります。
だから私は、一人で自分について考える時間と同じくらい、何かを一緒に味わったり、読んだり、話したりする時間にも、自己理解の可能性があると思っています。
日本酒の次は、「本」から自己理解を
心理相談室あじさいのへやでは、この秋、日常にあるものと心理学を組み合わせたワークショップを企画しています。
10月31日に開催する「心理学×日本酒」では、日本酒をゆっくり味わいながら、自分の感覚に目を向けます。
そして今回、新しく企画したのが、
「心理学×本」のワークショップです。
本を「正しく読む」ための読書会ではありません。
同じ文章を読んでも、気になる言葉や感じることは人それぞれ。
「なぜ、この言葉が気になったんだろう」
「私はここをこんなふうに受け取った」
「他の人は、そんなふうに感じるんだ」
そんな違いを楽しみながら、本をひとつの入口として自分自身を見つめてみる時間です。
11月28日(土)開催予定です。
詳しい内容やお申し込みについては、改めてご案内します。
自分を知る入口は、たくさんあっていい
心理学というと、少し難しいものに感じるかもしれません。
けれど、自分の心は日常生活と切り離されたところにあるわけではありません。
読むこと。
味わうこと。
聴くこと。
話すこと。
誰かと過ごすこと。
一人で過ごすこと。
そのどれもが、ときには自分を知る入口になります。
自己理解の方法は、ひとつでなくていい。
自分に合った入口から、自分のことを少しずつ知っていく。
そんな自己理解が、日常の中にあってもいいのではないでしょうか。